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2013年11月18日月曜日

ミンダナオPeace Camp (1) :全体の様子

10月31日から11月8日まで、フィリピン、ミンダナオ島、キダパワンで行われたピース・キャンプに参加しておりました。このピース・キャンプは特にIP(先住民族)、クリスチャン、ムスリムの若者をつなぐ、平和という観点から行われた人材育成のプログラムです。

実施団体はBinhi ng Kapayapaan. Inc(平和の種)、(以下ビンヒ)という団体です。代表は教育者/活動家(NGOワーカー)である、フィリピン人女性、私たちの間では母親的な立場であるためナナイ・アンゲ(Nanay Angge)、アンゲお母さん。彼女が、フィリピンの平和関係に携わる人を巻き込んで始めた活動です。ピキットのピースゾーンを作るのに尽力されたバート牧師も創設メンバーの一人です。元々はアレリアノ大学を母体としておりましたが、今は独立してNGOとして活動しています。

9日間の日程で行われた今回のキャンプは過去5年の集大成でした。通常このようなキャンプ/トレーニングは一過性で、一度参加したらそれ以降は参加しないのですが、3つのグループの若者の関係を強固にするため5年というタームを持ってキャンプやワークショップを実施してきました。今回は、これまで参加してきた彼らの「卒業」の時であり、代表も一歩退いて若い世代が代表の役割を担うことになる、まさに団体としても変化の時でもありました。数年間参加した若者は高校生であった者は大学生に、そして大学を卒業して、それぞれの専門分野で既に働いている若者のたちもいます。

フィリピン人はお話し好きで、大家族で育ったためか非常に人との関係を作るのがウマいのですが、地域性が強く一つにまとまるのが本当に難しいと言います。5年間をかけて徐々に束ねて行った様子が伺えます。

約50名の参加者は、キャンプ中仕事や学校の都合で早く帰らねばならない者や途中から参加する者もいましたが、それによって雰囲気が変わるというわけでもなく皆で和気藹々と過ごしました。

国道から見えるピースガーデン
キャンプのコンテンツは、歌や踊りなどの情緒的なもの、あるいは宗教的なもの、これまでのキャンプの中で彼らが作った儀式的なもの、知性よりはどちらかというと感性に訴えるワークショップ、そしてゲストスピーカーによる話、クライマックスがミンダナオで紛争を経験した地であるピキットでのピース・ウォークでした。

私はゲストスピーカーの一人として、広島の原爆の話、そしてどうやって平和活動に携わるようになったのか、先方からリクエストを受けた内容を盛り込んで話させていただきました。また、2歳の時に被曝し、若くして亡くなった佐々木貞子さんの話をした後に皆で折り鶴を折ったりもしました。

大まかなスケジュールは以下
10月30日マニラからダバオ、キダパワンの宿泊・研修施設へ移動
10月31日ミンダナオ島からの参加者と合流
      開始
11月1日オリエンテーション、キャンプへの期待、キャンプの歴史、ゲストスピーカー(1)「ミンダナオ和平プロセス」
11月2日ゲストスピーカー(2)「コソボの紛争」、ワークショップ「私の平和への旅路」
11月3日ゲストスピーカー(3)「原爆、そして平和活動」
11月4日ゲストスピーカー(4)「平和活動に携わる女性」、団体のこれからについてディスカッション(1)、リーダーの選出(投票)ゲストスピーカー(5)ピキットについて
11月5日ピース・ウォークの準備、
11月6日ピース・ウォーク、式典@ピキット、バランガイ・タケパン
11月7日団体のこれからについてディスカッション(2)、クロージング
11月8日リフレクション
11月9日移動(キダパワン-ブキッドノン)、先住民族のコミュニティでの儀式に参加
11月10日移動(ブキッドノン-カミギン)
11月11日~13日カミギン滞在

盛りだくさんの内容は現在振り返り消化しているところです。

それにしても、人が育っていくのは自分を含めて時間がかかるのだと改めて思いました。団体の名称通り、平和の種が播かれ芽を出したと言ってもいいかもしれません。その象徴が、クライマックスのピキットでのピースフォーク、NGO、地元住人、教員、兵士、警察も参加しました。「平和は達成可能」それを観たピキット出身の参加者が口にした言葉です。

平和にちなんだ試みは数多く行われていますが、平和の可能性そしてそのプロセスをフィリピンの若者が自分の事として感じるには十分な期間であったと思います。

※11月13日マニラに戻る予定でしたが、フライトのキャンセルのため、14日マニラに戻りました。


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